幸いな事に、今まで病院に縁の無い生活を送ってきた。 腰の手術や盲腸など、大きなものはさておき、一回、肺炎モドキで苦しんだ以外、あまり病院に行った記憶がない。 そんな私も寄る年波か、何となく胃が痛いなど『内側』の調子が悪いような気がしてきた。 実際に症状もあって心配だが、上司殿のお言葉が、できるだけ早く診てもらった方が良いと、半ば脅すので、覚悟を決めて胃カメラを飲む事にした。 そういえば、学生時代に盲腸を切ったのも、教授の「さっさと切ってこい」というありがたいお言葉だったなぁ。 しかし、前述の通り、病院に縁の無い生活なので、根本的に、どうやって病院に行けば良いのか、その作法が分からない。 最近の胃カメラは鼻から入れるのもあって、楽だという情報を得たので、まずは、ネットで調べてみる事にした。 検索語を「豊田市」「鼻から」「胃カメラ」で調べ、出てきた病院の中から行ってみることにした。 これは、鼻胃カメラ初体験のオッサンの様子を記すモノである。 世間は「口からに比べれば、全然、楽だ」と言うが、比べようのない『初心者』も居る事だろう。そういう人々の参考になれば幸いである。 まず、前日。 夕食後は、固形物を食べてはいけない。 8時間くらい食べなきゃ検査には差支えがないらしいが、何が起こるか分からないので止めておいた。 もちろん、当日の朝食は抜きだ。 ただし、色のついていない飲料は、検査の1時間前まで飲んでも良い。 色のついていない、という基準は、コップに入れてあちらが透けて見える程度なら良いので、それほど神経質になる事はない。 でも、『初心者』なので、何となく『白湯』なんて貧乏臭いものを作って、チビチビと飲んでいた朝。 「何でもない」と思いながら、その実、結構、そわそわしていたようだ。 検査は10:30からなのだが、家に居てもやる事がないし、暇を持て余して菓子を食ってしまう可能性もある。 「10時半から胃カメラのmizunoさんですね?少しお待ちいただくことになりますが宜しいですか?」 と受付で確認されようとも、早めに病院に行くのである。 空腹を抱えながら、30分ほど待った後、唐突に呼ばれた。 検査前の『処置』が始まる。 この流れは、前回、予約した時に説明を受けていたので、頭では分かっていた。 まず、胃の中の泡を消すクスリを飲む。 紙コップの中に、スポーツドリンクのような液体が入っている。 これを全部飲めという。 それも「不味いですよ」という言葉が添えられた液体なのに、白湯しか飲んでいない空腹の身には意外と美味く感じてしまう。 いや、前言撤回、 「ホント、不味いですね、これ」 うぇえ、何だコレ。 不味い中にも、嫌な味とか、臭いとか、そういう要素があるのに、コイツは、旨味の正反対。 単純に不味いというのは不思議な感覚だ。幸い、スポーツドリンク程度の濃度なので助かった。 次いで、鼻の中にスプレーをひと吹き。 血管を収縮させる作用があるらしいが、要は、鼻血を出にくくするらしい。 本当に、左右の鼻の穴にひと吹きずつだけど、これで足りるの?って感じだ。 これからは重力の助けを借りるため、一旦、ベッドに横になる。 なるほど。少量のスプレーでも、少しずつ鼻の奥に広がってゆく。 感心するまもなく、次は麻酔のゼリーを入れる、という。 「ちょっと痛いですよ」 そういって、チューブらしきものを鼻の穴に突っ込む。 「口から入れるカメラに比べて、ものすごい楽ですよ」という言葉を信じていた心が折れるくらいの衝撃がある。 いや、そんなに痛くない。むしろ、「あれ、こんな痛いことするの?」という、範囲外の痛みに驚くというか。 もう、自分では見えない場所の事なので、どうにもならないが、鼻にチューブを突っ込んだまま、しばらく横になっていた。 ゼリー状の麻酔が、少しずつ鼻からのどの奥に落ちてゆく感覚がある。 この時、しきりに唾液が出る。 この時点では飲み込んでも良いが、カメラを入れてからは飲み込まずに唾液は垂れ流せ、という事だ。 手渡されたのはティッシュ数枚。 「足りなければ、どんどん手渡します」 うーん、どんな状況だか想像できない。 鼻に突き刺さったチューブ。痛みより違和感が嫌だが、麻酔ゼリーが効いてくると、さらに気味の悪い感覚になる。 喉の奥が麻酔によって麻痺した感覚は、ひどい風邪でのどの奥が腫れて唾も飲み込めない状態のハイレベルな状態に似ている。 でも、風邪と違って唾は飲み込めるので、全く、感覚としては別物。 首を絞められて苦しいんだけど、普通に鼻でも口でも呼吸が出来る、としか形容できない不思議な感覚。 何だこりゃぁ。 ここまで麻酔が効いてくると、いよいよ本番になる。 外光溢れ、明るい雰囲気だった処置室に比べ、何だ、手術室みたいな大袈裟な部屋は。 鼻からカメラは「楽」だった筈なのに、こんな大袈裟な部屋でやるの、という印象。 無茶苦茶緊張するシチュエーションだ。 「ここに横になって、これを抱えて」 小柄な抱き枕のようなモノを渡された。 しっかり抱いておれ、という事だろう。 「では、始めますね」 あっさり、始まった。。。 うえええぇえええぇおぇええええぇぇ エロ漫画だったら「ひぎぃ」って声出してた。絶対。 喉の奥に指を突っ込んで吐く、という感覚とは違った嘔吐感、というか、こみ上げ感。 確固たる痛点はなく、何が痛いという訳でもない。 でも、「囲炉裏端で焼かれる串焼きのアユって、こんな感じだろうか」という串刺し感は、正直、味わった事がないので体が慌てる。 そして、体が身構えて、全身に力が入る。 それに連動して、看護婦さん(ベテラン)が、優しく力を抜け、という。 んなこと、言われても、と思うが、3、4回言われて慣れてくると、なるほど、力を抜くとずいぶんと楽になる事を体で知る。 もちろん「比較して」だがな。 要は、体に力を入れると本当に苦しいが、体の力を抜くと普通に苦しくなる、というレベルだ。 主に口呼吸で、たいてい、これで苦しくないが、唾、飲んじゃうね、これ。 慣れてくると、自分の胃袋の様子を眺めながら会話が出来る、なんて人は言うが、もう「ふぇぇ」という情けない声が漏れ出るのが精一杯。 苦しいのは、感覚的に首から上に感じるが、実際は胃袋までチューブが入っているんだぜ、信じられないネ、ってところか。 とにかく、体の力を抜いて、口からゆっくり呼吸をする、という事に徹すれば、実は痛みなどほとんどない。 しかし、何がどうなっているのか分からない不安感が大きいので、正直、怖い。(要はヘタレだな) 「ちょっと空気を入れるのでゲップしないでくださいね」 と言ったように聞こえた。 どういう事か分からないが、何か妙な感覚が体に沸いてくる。 (あ、何か、お腹がいっぱいになった) 苦しい中で、一瞬だが、満腹感を味わって面白かった。 胃壁とか見るのに、胃を膨らます必要があるんだろう。 それで、何か腹が満ち足りた気になったのは、正直面白かった。 面白がっているうちに、終わったらしい。 入れるときは結構苦しかったが、抜くときは、知らぬ間に抜けていた、という感じだ。 でも、唾が飲めないし、咳き込むのでゲボゲボ吐きそうな咳き込み方をする。 実際は、感覚がないだけで、唾は飲み込めるんだが、それでも、喋ろうとするとこみ上げるような異物感がある。 直後、本当に簡単に、今後の事を看護婦さんから説明されたあと、ロクに喋る事も出来ない状態で、またすぐに、先生の話を聞く。 思ったよりも苦しかった事を咳き込み、ゲロを吐きそうになりながら伝えると、 「小学生でも受けられる内視鏡ですけどね」 とあっさり言われた。 うーむ、口からの胃カメラ、どんだけ苦しいのか。 幸いにして、胃袋はキレイで、異常がないそうだが、じっくりと見た自分の胃袋画像、これはちょっとしたグロ画像ですよ。 処置開始から受付で会計を済ませるまでの間、実に30分。 ゆっくりと水分を取って、問題なく飲めれば、普通に食事を採っても良い、との事だが、正直、今日は何も食べられる気がしない。 病院の駐車場、車内で、こみ上げるように、ゲボゲボと咳をしながら休んでいた。 何か吐くんじゃないかと思ったが、胃袋は空っぽなのは、自分の目で見たとおり。 吐くというより、喉の感覚がないから咳き込むような感じで、これは風邪と同じだ。 もう、今日はこのまま会社を休んでやろうかと思っていたが、20分ほどすると、あら不思議。 喉の違和感が消えて、普通に喋ったり、唾を飲んだりできるようになった。 麻酔が切れたらしい。 今までの感覚が嘘のよう。その後、残念ながら、会社に向かい、胃カメラ初体験物語はおしまい。 結局、口から胃カメラの苦しさを知っている人にしてみれば楽に受けられる経鼻内視鏡も、初めての人間にとっては苦しい検査の1つだ。 口から経験者とそうでない人では、『思ったより』の後に継ぐ言葉が違ってくるだろう。 しかし、中途半端な映像を得るために、バリウムを飲んで、レントゲン浴びて、下剤で下すなら、こっちの方がマシとは言える。 言えるけど、できれば受けたくないよ(笑) |