Go!Go!お出かけ〜気が向いたら更新

奈良井で長居 〜長野県塩尻市・奈良井宿


2012/06/25(2012/07/08記)
mizuno-ami
「実は奥に、宿場町があるらしいよ」

相方の言葉に、正直、驚いた。
そんなものがあるとは知らなかったのだ。

いや、順を追って話せば長くなるが、簡単に言えば、この橋しかない場所だと思っていたのだ。
    橋
国道19号線。岐阜県から長野県へ抜けるそれは、しばしば、松本市へのドライブに利用する道路だが、道の駅が数多く存在するスポットでもある。
実際、久しぶりに通ったら、知らない道の駅がいくつか出来ており、その増殖ぶりに驚いたが、その中の『奈良井宿』は、以前から存在し、今まで立ち寄った事のある場所なのだ。
そして、そこは、ただ橋が1つある、後は、無料駐車場があって、トイレがある程度の何もない場所、だと信じ込んでいたのだ。
さて、冒頭のセリフに戻る。
松本のかえるまつりの翌朝、のんびりと道の駅をハシゴしながら帰りましょうか、という趣向の最初の目的地は、まだ見たことのない、奈良井宿の『本体』に決まった。

ちなみに、その橋の写真は当日撮影したもの。
月曜日、平日という事もあり、人影もまばらだ。本当に『本体』があるのかさえ、疑わしくなってくる。
人気のない駐車場で、案内板らしきものを発見したので、それに沿って歩いてみる。
案内に従うと、その道は線路の『下』を通るトンネルへと続いている。
薄暗い上に、何か道の半分が壁でふさがれている。
覗いてみると、なんと、水が流れていた。
    線路の下
音を聴きゃ分かるんだが、思った以上に大量の水がザーザー流れており、それが薄暗いトンネル内で反響している。あまり、味わったことのない感覚だな、これ。
ゴウゴウと流れる水の音を耳にしながらトンネルを抜け、さて、どこに宿場町がありますか、と角を曲がったところで驚いた。
    奈良井宿
さっきのトンネル、タイムマシンじゃねーの?と思うくらい、現実離れした宿場町がそこにあった。いや、確かにあった。うん、これは面白そうだ。

平日というのが幸いして、あまり人が多くない。
何かのドラマに使われたとかで、ポスターが貼られているが、こういう観光地の土日の事を思うと、今日は、贅沢な時間が過ごせそうな予感がする。
最初は、こんな奴が出迎えてくれた。
    つばめ
季節柄か、宿場町のあちこちを飛び回っている。
こいつら、数週間前までピイピイと鳴いていただけなのに、もう少ししたら空飛んで、さらにもう少ししたら、南の方に飛んでいくんだろ?ビックリだよ。

キョロキョロと眺めながら歩いてゆくと、一軒の雑貨屋さんが目に入る。
    湖月堂
『湖月堂』というお店、ゴチャゴチャした雑貨類にぶつからないように店内に入ると、いかにもこういうのが好きそうな顔の人がレジ前に座っており、あちらこちらに、色々な貼り紙がしてある。
残念ながら、店内撮影禁止となっていたが、そりゃそうだろう。
こんなところで、バシャバシャ撮られちゃ店にも他の客にも迷惑だし、古民具そのものが意匠性のある芸術品だ。下手に撮影したものがネットに出回れば、猿真似して「MADE IN CHINA」と書いて安く売るんだぜ。
そんな撮影禁止の貼り紙を見ると、気難しい店主じゃないかと思いきや、どうも、店内の貼り紙がいちいち面白い。
階段の昇り降りなど、最後の一歩まで気を抜かぬよう徹底的に注意書きがあり、基本的に人見知りなので、たいていは傍観者の位置で撮影する自分だが、よもやと思って話しかけてみると、予想通りの良い人だった。
その挙句、相方なんぞは古びた金ダライを指差し「これを買う」と言い出す始末。
直径にして60センチはあろうかという古びた金ダライを抱えて店を出たのが、この散策のほぼスタート時点とか、もとより計画性のない旅だが、さすがに驚かされる。

金ダライを抱えながら歩いているうちに、腹が減ったので、何か食べようという事になる。
いくつかの飲食店があり、大抵は「蕎麦」を出している。というか、ほとんどが蕎麦屋だ。
しまったなぁ『湖月堂』さんで、こっそり「どの店が美味しい?」って聞いてこれば良かったなぁ。
考えても仕方がないので、とある店に入ってみる。
「そば定食」は、ざるそばにとろろ御飯に漬物、小鉢が付いたセット。
空腹のためか、写真を撮ったのは途中まで食べ終えてからだった(笑)
    相模屋
蕎麦と言えば、自分の中では、松本市、浅間温泉にある『あるぷす』という蕎麦屋が一番だ。
『ふっくらとしていて、ダラダラしていない優しい蕎麦』と稚拙な形容しか出来ないが、平たく伸ばして切るんだから、四角くなって当然の蕎麦が、どこかしら丸く感じるのが『あるぷす』の蕎麦。
一方、この店の蕎麦は、『エッジが立っている』とでも言おうか。
平たく伸ばして切ったそのまま、四角い食感がある。
だが、それが硬くて不味いのかといえば、そういう訳でもなく、パスタのアルデンテを「単なる芯の残ったスパゲッティじゃねーか」と言っていた人が、本物を理解した時に感じるような驚きに似ている訳で、なるほど、これはこれは、と箸が進む。
蕎麦に大切なのは、茹でた後の水洗いだが、それも、キッチリと丁寧で、この地の水を感じられるような風味があった。
水が美味しい土地の料理は、大抵美味いが、ここの蕎麦も、その水を裏切っていないと感じられる良い蕎麦だった。

そんな場所だからか、水はふんだんにあるようだ。
    水
街道のあちこちに、あえて、水場が作られている。
観光地らしい演出に思えるが、そもそも、宿場町だから、元から『観光地』であったわけだ。
車なんぞも入ってこれる、この宿場町の風景は、車を馬やカゴに置き換えれば、昔の風景が思い起こせるのかもしれない。
    街並み
といっても、元々、江戸時代の風景なんか見た事がないから分からないけどね。
ただ、時代が変わろうとも、おそらくは、こういう路地の奥に、この地元の人々の本当の日常生活があるのかもしれない。
    街の奥
こんな古い街並みを眺めながら、ブラブラと散策していると感覚がマヒしてくるから面白い。
例えば、タバコ屋の脇に、円筒形のポストが立っている。
    ポスト
確かに、このデザインのポストは今では珍しく、これだけでレトロな雰囲気を漂わせるが、そもそも、宿場町は江戸時代の話じゃないか。
ここで、昭和レトロなポストを見つけて「ああ、宿場町だな」などと納得している自分が怖いぞ。
ついでに、タバコの自販機なんて「タスポ」に対応した、バリバリの平成仕様じゃないか。
    自販機
隣の飲料の自販機だって、気を許せば「おでん缶」などが紛れ込んでいる始末。
また、古い街並みと言えば、岐阜県の美濃市など「うだつの街並み」を謳ったところがいくつかあるが、ここで上を見ても、衛星アンテナが立っていたりするんだぜ。
    衛星アンテナ
なるほど、単に古いだけの街並みを保存したテーマパークじゃなくて、観光地でありながらも、キチンと今も生き続けている『生きた街並み』なんだな、と感心する。

屋根の上といえば、こんなバリケードが置いていあることにも気が付いたりする。
    屋根上のバリケード
雪が2センチ積もるだけで大混乱するような平地に住んでいる人間なので、この突起が、雪が落ちないようにする道具なのか、落ちるようにする道具なのかの判断が出来ないが、それでも、この辺り、それなりに雪が降るという事だけは分かる。
いやいや、それなりに標高が高いんだから、雪も降るだろう、と思いつつ、ふと、日本でも一番標高が高いなどと書かれた酒屋を見かけたことを思い出す。
    酒屋さん
店先にある、巨大な杉球。
酒樽くらいある訳で、コイツが、たまたま、頭の上に落っこちやしないかとびくびくしながら店内に入ると「甘酒の匂いだ」と思うような、軽く酒粕の香りが鼻に来る。
店内で生酒なんかを買ってみるが、これ、キチンと扱わないと死んじゃうんだろうな。
この高地にあるから、生きているわけで、下界に持っていくより、その場で飲んじゃった方が良いのかも知れない。
そんな心配をしながら、酒ビンという荷物が加わった。金ダライも持っているのに。
    通り雨
唐突に、雨が降ってきた。
雨に打たれて古い街並みを歩くのもオツなものだが、曇っていれば肌寒いような高地だし、せっかく、あちらこちらに立派な軒先があるので、雨宿りをする事に。
「軒が広くて、座れる場所がある」という条件を掲げて場所を探すと、百草丸のお店が目に入ったので、そこに駆け込む。
    日野百草本舗 奈良井店
日野百草本舗 奈良井店。
丸薬に用事はないが、店に入ってすぐのところにジュースなんかのストッカーがあるのが目に入ったので、リンゴジュースなんぞを買ってみる。
薬の店で、ジュース1本とは面倒な客かもしれないが、店のオッちゃんは、とても愛想が良く、ついでに、100%で美味いですよ、などと教えてくれた。
ほぅ、と思いながら、椅子であろう丸太に座り、如何なものかと飲んでみると、確かに美味いじゃないか。
リンゴジュースは、白濁したヤツと黄色透明なヤツの2バージョンがあるが、100%と称するヤツの多くが前者であるのに対し、ここのは後者。
そして、自分も透明リンゴジュースが好きなので、とても満足した。

満足しても、空ビンは不要なので、もう一度、オッちゃんの所に舞い戻ると、快く空ビンを回収してくれる。良い人だ。
良い人ついでに、奥の方に見えた、たいそう立派なものの撮影をお願いすると、こちらもまた、快く承諾してくれる。良い人だ。
    百味箪笥
これは『百味箪笥』というモノで、要は、薬の原料なんかを入れておく小さな引き出しってことだろう。
囲炉裏端で、これらを混ぜてゴリゴリとすりつぶして薬にする。
ここの照明が暗ければ、旅人を毒殺して金品を奪う鬼婆の毒薬製造所にしか見えなくなるが、ここではそんな様子は微塵も感じられない。
特に、桐の素材が薬品原料などの保管に適しているんだろう。
また、階段下の引き出しにもご注目、とオッちゃんが教えてくれる。
ほぅ、これはこれは。
    百味箪笥
リフォームと称して土台だけ残して家を作り直す「劇的ビフォーアフター」なるテレビ番組で、収納の達人だか匠だかが、必ずやる『階段下の収納スペース』ですな。
建築士なんて制度が出来る前から、古人は、立派な収納スペースを作っていた訳だ。
薬屋、どれだけ収納好きなのかと思ってしまうが、多品種少量生産の現場では、この在庫管理が面倒であり、今なら、大手システム屋が官公庁に言い値で管理システム作って苦労するパターンだが、昔の人は紙の帳簿だけでやっていたんだから、文明が発達した結果、みんながバカになっちゃったんじゃないかと思えてくる。
    神社
ここの中に住んでいるような人は、そういう人間の歴史をずっと見ているんだろうか。

宿場町というからには、それなりに宿屋もある。
個人的には、雰囲気のある旅館や、人情味溢れる民宿よりも、面倒のない今時のビジネスホテル風の部屋でいいや、というところだが、こういうのも悪くないな。
    いかりや
「ああ、なんて味のある民宿だろう」

『民宿 いかりや』、この入り口の演出が、それっぽくて素晴らしい、と多くの人は思うだろうが、どうも、自分の場合はヒネくれているようだ。
一軒隔てた、お隣の民宿が『かとう』である事の奇跡に感動してしまった。
    かとう
古い宿場町でドリフターズの幻影を見つけて喜びつつ、その向こうが『ながい』さんであることを、『ながい』さんには罪のない話なのに、ガッカリしてしまってごめんなさい。

そんなこんなで、金ダライと酒ビンを抱えつつ、帰路に着く。
平日という事もあり、のんびりとした空気が漂っているが、それでも、年寄りがあちこちでバカでかい一眼レフを抱えて撮影している。
それも、キヤノンのデジタル一眼レフカメラの一番下のモデル(EOS Kiss X50)を使ってる自分からすれば、思わず「冥土にカメラを持っていくわけには行かないので、オレにくれ」と言ってしまいたくなるような立派なカメラを皆が持っている。
テレビの通販番組で買ったんだろうか。
年寄りの通販番組好きは、今に始まった事じゃないが、それにしても、ジイさんもバアさんも不似合いなデジタル一眼を持ってウロウロとしている。
そうこうしているうちに、先ほどの『湖月堂』に着く。
そして、相方が言うには『アレも買う』のだそうだ。
    漆の入れ物
これは、漆を入れてあった容器だそうで、入れ物として再生しているとの事。
金ダライを買ったときから、こちらも気になっていて買おうかどうか悩んでいたらしい。
本日2回目の店内。さすがに、金ダライを抱えているので認識していただけたが、金ダライという奇妙な買い物に、売り手も買い手も舞い上がっていたのか、「ここに預けておく」という事を完全に忘れていた事が判明した。
店の方も、自分たちも、双方が(笑)
そんな話をしつつ、ふと、先ほどのカメラを抱えた年寄りの話が気になったので聞いてみると「写真教室をやっているんですよ」との事。
なるほど、と被写体には困らない街並みだから、悪くはないか。
ただ、とある店先で不似合いなカメラを構えていたバアさんが「暗くて、写らないんですよ」などと話しているのを聞いてコケそうになった。
手に持っているそのカメラを使えば、大抵のものがきれいに写せる筈だが、一体、写真教室とやらは何を教えているのか。いや、年寄りの余暇と余生を満足に変えるのも、1つの商売なんだなぁ。と案外、真面目に感心する。

当初、道の駅をハシゴしながらのんびり帰る予定だったが、気付けば、奈良井宿だけで満足してしまった次第。
平日だからのんびり出来たのかもしれないが、久しぶりに休日を満喫した気分だ。
そして、金ダライと日本酒と漆の空容器を抱えながら、再び水音響くタイムトンネルをくぐり現代に戻った。


【おまけ】
国道19号線で遭遇したトラック。
    ステルス
ステンレスのタンクに周りの風景が写りこんで、ステルス戦闘機状態。
本日の好日度:★★★★★ 「今も生きてる宿場町」
『Go!Go!お出かけ』TOPに戻る