Go!Go!お出かけ〜気が向いたら更新2007松本「縄手カエル祭」 〜松本市〜
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環境の変化に対し、生物だってボサッとしている訳ではない。 そうでなければ、ダーウィン先生を根本から否定され、ガラパゴス諸島で隔絶された生物たちは只の珍種動物園に成り下がり、短い期間で死滅して何も残っていないだろう。 長い変化において、適応した奴ら、いや、色々やってみて「結果的に残った」奴らが今に至っている訳だが、今の地球上の様々な生物を眺めていると、長い時間とはここまで劇的に変化させるのかと呆れるほどだ。 しかし、地球の変動周期と同様に長い年月を経て進化してきた生物たちにとって、短い期間での変化は単なる脅威でしかないようだ。 つまり、急な変化によって、多くの生物が行き場を失い絶滅する可能性がある、という事だ。 当然ながら、環境の変化に適応して暖かい地域の生物などは喜ぶかも知れないが、それは今までそこに居なかった生物が、突如として現れると言う事になる。 例えばアザラシが1匹、川に紛れ込んで手を振るくらいなら馬鹿馬鹿しくて愛嬌もあろう。 しかし、そこでバランスを取って暮らしている生態系に、別の種類の生物が侵入してきたら、それだけで大問題になる。 「おらが村じゃ、外人さんを見た人は少ないでよぉ」という訳の分らない方言で申し訳ないが、こんな村が日本にどれだけあるかは別にしても、何故か外来種であるブラックバスが日本中のあちこちの河川や湖沼に放されて、その土地に影響を与えている。 自然の中で釣りを楽しむために放流した、と言い張る連中の言い分は、単なる自己中心的なものであろうから聞く耳は持たないが、温暖化で変動した気温の下では、放流などしなくても勝手に外来種がやってきて、その地域の新しい生態系の一員となる。 もちろん、郷に入って郷に従うような気持ちで、仲良くやってくれれば、あまり問題はないのだが、大抵の場合は、アメリカ人の先祖が先住民を虐殺して北米大陸を奪ったような悲劇があちこちで起きてしまう。 長い年月をかけて築いてきた、比較的狭い範囲での生態系。 やはり、数万年単位で少しずつ他所から移住してくる生物があれば、それなりに適応できるだろうが、いきなりやってきて天敵も居ない状態は、ゲームで言うところの「無敵状態」だ。 裏技を使わなくても、簡単に天下を取る事ができるし、北斗の拳のような救世主だってそうそう現れない。 とは言え、例えブラックバスが大量に放流されたとしても、本当に殺戮の限りを尽くしたら、自分らが食べる物がなくなってしまい、自分たちも長くは生きられなくなる。 食物連鎖で言えば、ある程度のバランスは比較的短い時間で回復できるであろうが、その安定した状態に至る頃には、存在比率が大きく変わっているのも事実だろう。 場合によっては、種として絶滅してしまう生物も出てくると思うが、自然とはアメリカ人並に非道な存在なのだろう。 ところで、ブラックバスの問題が大きく叫ばれているのは、その土地で魚を取ったりしている漁師さんなどであり、捕るべき魚が減る事が問題なのではないだろうか。 もちろん、生態系云々が壊れるという危惧はあるが、生活できなくなる、という経済的理由の方がはるかに優先されているのではないだろうか。 これはある意味「エコロジー商品売りつけ」のような環境問題商法に近いものがある。 どちらにしても、ブラックバスを釣りたい人間と、それらの存在は困るという人間の主張がぶつかっているのが本質であり、自然とか生物などは単なる言い訳の道具であり、あまり気にしていないのが本音ではないだろうか。 そして、この辺りの扱いが「カエル」とは大きく異なるのだ。 「カエル」 まぁ、好き嫌いはあろうが、嫌いな人間も「気持ちが悪い」という程度で、カエルに足を食いちぎられた、とか集団で襲われて大怪我をした、という事のない、比較的温和な生物だ。 彼らの食性を考えると、それが温和に該当するかどうかは分らないが、人間にとって、とりあえず害の無い存在だろう。 バッタであれば、田んぼに住むだけで稲を食い荒らす存在として駆除されるが、カエルは害が無い。だから田んぼに居る事が許されている存在なのだ。 害が無い一方で、カエルは役に立たない。 害虫を食べるなどといった役割があるようにも言われているが、もし、効果的であれば、もっとカエルを養殖して田んぼに放していることだろう。 だが、実際、その扱いは、アイガモ以下だ。 遥か昔に諦めた古女房、それでも「たまに風呂掃除くらいしてくれる」程度の夫と同程度の働きがカエルの役割だろう。 実用上、一部は食用にしたり、その皮を装飾品に施したりする程度だ。 女性が大好きなブランド物の革製品などは、そのワンポイントとしてカエルの皮が使われているそうだ。 カエル嫌いな女性でも、その皮は別という事だろうが、無下に嫌って欲しくないものだ。 また、特殊なカエルは、狩猟民族が使う毒として使われるが、それは特殊な例だろう。 つまり、たいした害もなく、利用価値もない。 ただ、田んぼの周りに居座ってゲロゲロ鳴いているだけ。 そんな自由な生き方が、ネコに似ているので、カエル好きとネコ好きは共通点が多いと、どこかの方に言われた記憶があるが、そういう人間との関係を、カエルとブラックバスの違いで考えると「経済」という面白いものが見えてくる。 だが、面白いとばかりは言っていられない。 カエルの悲劇は、そんな「どうでもよい」存在であるが故に、絶滅の危機に瀕していても、たいした問題として取り上げられないことにある。 仮に似非環境団体が「クジラを救え!」といえばビジネスになり金になるのだが、「カエルを救え」ではどこかしら滑稽にすら思われてしまい、危機感すら与えられなくなってしまう。 しかし、「カエルツボカビ」と呼ばれる、本来、地球上の特定の地域にしか存在しなかった菌類が、あっという間に地球各地に広がり、その土地のカエルを絶滅にすら追い込んでいる事は事実だ。 「ちょっと山登りに行ってきます」と留守にするような話ではなく、その場から完全に姿を消してしまう「絶滅」であり、その場だけでなく、地球上から消え去ってしまうのだ。 ツボカビは、もともと「アフリカツメガエル」という奴が自然に持っている菌だそうで、こいつらは言ってみれば共生とも言える関係にあり、アフリカツメガエル自体がツボカビで死ぬ事は無いらしい。 一応、世間では「バカは風邪を引かない」と言われるのだが、おそらく、風邪の患者と接触したバカは、風邪の菌を体内に持っている筈である。 そういう人間が、他の人間と接触すると、当然、その人がバカでなければ風邪がうつる。 自分は発症せず、間接的に菌などを運ぶ役割を「キャリア」と呼ぶそうだが、アフリカツメガエルはツボカビのキャリアとして機能している、と言い換えることができる。 問題は、このツボカビ。 たいした毒性でもないのだが、腹から水を飲むカエル達にとって、その薄い皮膚は冒険ゲームの最初に装備される弱い皮の盾よりも弱く、このツボカビが皮膚に広がるだけで呼吸できなくなり死んでしまうのだ。 ついでに付け加えておくと、腹から水を飲むから、水が汚れていたら生きられない。 両生類として陸でも水でも生きられるが、裏を返せば陸と水の両方の環境がキレイでなければ生きられない。 カエルとは、そういう弱っちい生き物なのだが、環境が汚れてくると真っ先に姿を消してしまう「指標」となり得る。 最近、カエルの声が少なくなったなぁ、と思ったら、もう手遅れかも知れないのだ。 しかし、そんな環境破壊以上に脅威となる「ツボカビ」は、残念な事に、また、想像どおり、人間の手によって広まった。 「アフリカツメガエル」は、その滑稽な姿からペットとして人気があるらしい。 まだ、ペットとして可愛がるなら救いがあるが、実験用の動物として需要がある事から、養殖ビジネスの「商品」としても人気が高いらしい。 ここまで書けば、後の事を、詳しく説明するまでも無かろう。 よっぽどのバカでなければ、今、想像した理由が、ツボカビ伝播の半分くらいの原因の答えとなるのだ。 だが、問題は直接的なツメガエルの存在だけには終わらない。 例えば、それを飼っていた「水」だ。 ツボカビの菌は、それ自体が皮肉な事にオタマジャクシのようなスタイルをしているらしいが、その遊泳脳力はせいぜい20センチ程度らしい。 しかし、菌に遊泳脳力があろうがなかろうが、アフリカツメガエルの水槽の水は、ツボカビ菌培養所のような状態だ。これを安易にそこらに垂れ流されたら、それだけで濃厚なツボカビスープとなり、環境に突入する。 日本の環境に適合するか、まだ詳しい事は分っていないが、世界中の土地でツボカビが猛威を振るっている事を考えると、単なる「水」もバカに出来ない。 また「遺体」も重要なキャリアとなるらしい。
ペットとして飼っている人はもちろん、情操教育として小動物を飼っておられる幼稚園や学校の先生などは、この事実を知り、できるだけ「土葬」を避けて欲しい。 もちろん、宗教上の理由ではなく、生態系の汚染を避けるためだ。 「じゃ、具体的にどうすればいいのか?」 まず、第一に、水はできれば煮沸してから捨てる事だそうだ。 ツボカビ菌は30℃以上で死んでしまうので、煮沸が効果的だが、カエルの水を煮沸した鍋で味噌汁を作るのは御免だわ、という場合には、いわゆる消毒薬を入れて数十分置いた後に捨てて欲しいという事だ。 遺体の方は「火葬」が望ましいが、いかにペットブームでも「カエルの火葬」を受けてくれる施設はあまり無いだろう。 かといって、勝手に焚き火をする事も出来ない現代の住宅事情。 カエルを焼いたグリルでシャケを焼くのは御免だわ、という場合には、ビニール袋などに厳重に包んで「生ゴミ」として出す事が望ましいらしい。 できればこのご時世にカエルを飼うのはご遠慮願いたい、というのが本音らしいが、既に飼っているものを放す事はもっとご遠慮願いたい。 もちろん、どこかの病院のポストに捨ててくる事もご遠慮頂いて、生き物は最後まで責任を持って飼え、という事を実践して欲しい。 |